グレン・マーカットが明かす「〈RCR〉が受賞者に選ばれた理由」
――本年度の受賞者発表に際して、『ニューヨーク・タイムズ』などの一部メディアが「スターアーキテクト(セレブ・アーキテクト)の時代の終わり」を示す選択ではないか、と論評しました。これについて、選考委員長として、どのように思われますか? マーカット:それは、メディアによる憶測、というものでしょう。建築をとりまく世界は、劇的に変化しています。あらゆるものについて、急かされ、コストがカットされます。クライアントは「納期は、できることなら昨日にしたい」と言いかねない状況があり、建築にとっては難しい時代です。振り返れば、ミースやアアルト、フランク・ロイド・ライト、ゴードン・ドレイク、ブロイヤー、グロピウスら20世紀の建築家たちは、時間をかけて作品を生み出していました。時間をかけてじっくりとドローイングを描き、実験を繰り返していましたし、未来をつくるのだという熱意にも溢れていました。 しかし、今日では、作品の質の追求よりも、生き残ることで精一杯になっています。建築家の仕事とは、時間をかけることで、より優れた質の作品を生み出すことであるはずなのに、です。20世紀には存在していたそのような思いが、今日ではとてもわずかになっています。 また、20世紀の巨匠建築家たちは、たしかに「スターアーキテクト」だったと言えるかもしれません。でも、彼らを「スター」と呼んだのは、メディアです。必ずしも、彼らがスターになることを望んだわけではありません。今だって、スターになりたくて建築をやっている人などほとんどいないでしょう。 ミースはかつて、「興味深いものであるよりも、よいものでありたい」と述べました。とても重要なことだと思います。「すばらしくよいものをつくること」こそ、本当に重要です。「スターアーキテクト時代の終わり」という言葉も、メディアが言った言葉であって、プリツカー賞がそう述べたわけではありません。私たちはそんなことはみじんも考えていません。そうではなくて、「これは、どのくらいよいものとよべるだろう?」と問いながら選考を行ったのです。 そして、私たちは、世間には知られていないけれど、よい作品をつくりだしている建築家たちを見出すことができました。30年間、静かに活動を続けて、大地から成長し、美しい花を咲かせている建築家たちです。成功を急いだことなどない建築家たちに、賞が与えられたのです。もちろん、彼らには、「今回の受賞については、注意深く扱うように」と伝えています。 加えて、もう1つ、非常に重要なことを理解していただきたいと思います。プリツカー賞選考委員会は、賞の主催者であるプリツカー家やプリツカー財団とは、完全に独立して選考を行っている、ということです。選考過程において、彼らにはなんの影響力もありませんし、彼らから選考委員に対して、何らかの意向が伝えられるということも決して...
――今年の選考過程はスムーズに進んだのでしょうか。 マーカット:選考委員長として、私自身がとくに心がけたのは、選考委員一人ひとりが意見をしっかりと述べるということです。ですから、「こちらについて議論したい方はいますか?」と尋ねるのではなく、「あなたがたに、こちらについて議論していただきたいと思います。この作品の敷地との関係、断面、光、風、プランニングについて、みなさんはどう思いますか?」とストレートに、具体的に問いかけました。もちろん、過去にも選考に関する議論は行われていましたが、私が委員長になってからは、過去にないほど多くの議論を行っています。 重要なこととして、議論を重ねるほど、見解がまとまってきます。一人ひとりが「これを選ぶのは、たしかに同意できる!」とか「完全には同意できないけど、これを候補に入れるなら、もっと議論しよう」とか、そんなふうに思うからです。そんな議論は、7時間ほど続いたでしょうか。 議論のプロセスが終わると、候補の絞込みのための投票を行いました。それぞれの候補者について「残すべきか残さないべきか」を議論しながら、投票していくのです。半数以上の支持を得た候補だけを残していきます。ここで申し上げておきたいのですが、〈RCR〉については、全員が支持しました。全員一致で選ばれたのです。委員長としては、ありがたいことです。毎年必ず、全員一致となるわけではありません。でも、今年は、全員一致での選出でした。
――マーカットさんは、環境に配慮し、自然と融合した作品をつくりだす建築家として世界的に知られた存在であり、多くの建築家に影響を与えてきました。今回受賞したRCRについては、選考委員会から「建築と敷地の関係、素材の選択、幾何学を駆使して自然環境を生かしながら、建築にまとめげている」という評価があり、その点でマーカットさんの建築に通じるものがあるように感じます。彼らの建築について、どの点を評価されているのかを教えてください。 マーカット:私自身、理性的で詩情に溢れた建築をつくること、プロスペクト(未来を見通し、未来をめざす力)がありながらレフュージ(安心できる場所)も実現すること、シンプルで、素材やランドスケープと分かちがたく結びついた建築を生み出すことをめざして活動をしてきました。 〈RCR〉の手法は、私のそれとは異なりますが、彼らも風土や気候、素材に関心を寄せ、素材やランドスケープと建築との分断ではなく融合に深く配慮しながら建築をつくっています。建築と自然のランドスケープが美しく融合した建築をつくりだしてきた点は、実に重要です。 彼らはまた、歴史、歴史的な街並み、規模にも関心を寄せています。佇まいは物静かでありながらも、すぐれた建築、声高に主張するのではなく、さりげなく絶妙に存在する建築です。信じられないほど深い思考に基づいた建築であり、美しく歳を重ねていく建築です。再生鉄を使っていますが、鉄はすぐに錆びて、まわりの地面に落ちるものであることを考えれば、錆がつきながら建築とそれをとりまく環境が汚れてみえず、むしろ美しい相乗効果を見せるのは、ディテールに細やかな配慮があふれている証左です。 パブリックとプライベートの共存、適切なスケール、自然環境との融合、歴史への配慮。そして、歴史的建造物の保存・修復に関するユネスコのヴェネチア憲章についても、しっかりと理解しており、古きものから新しきものを生み出し、それでいて現代の生活にも寄り添う建築をつくりだしていると思います。
――建築が難しい時代を迎えるなかで、建築が広く一般の人々のためにできることというのはあるのでしょうか? マーカット:おそらくは、「よい影響を与えること」だと思います。経済的でありながら、妥協のないものをデザイン(設計)すること。構造、素材、空間性、採光、断熱、温熱など、あらゆる側面にもしっかりと配慮しながら、経済性においても優れた建築や環境をつくりだすことができれば、そこからよい影響が生まれます。 しかし、私の故国であるオーストラリアを思い浮かべてみても、郊外などでは、もし自分がここに住めと言われれば、即座に精神が死を迎えてしまいそうな、ひどい開発が行われています。大きな経済力をもつ開発業者たちは、質には目もくれず、ただとにかく安上がりで、できるだけ儲けの出る計画を実行し、出来あがって売ってしまえば、あとは放りっぱなし、という状態です。一般の人々には、選択の余地を与えず、開発業者ばかりが大儲けしている。こんな状況を変えるためには、社会の金融システムを変えなければいけません。もちろん、変化は一夜にして達成できるわけではありません。資本主義の自由社会においては、計画を遂行する人々の考えが鍵になります。私の場合は、最近、中国のデベロッパーと仕事をしていますが、私の考えを理解した計画が進んでいます。理解ある開発業者とともに仕事をすることは不可能ではありません。 ――そう考えると、RCRの仕事は、美しい建築をつくりだすことで人々に対してよい影響を与えている好例と言えますか? マーカット:もちろんです。異論の余地などありません。周囲に溶け込んだ建築は、ふと気づかずに通り過ぎてしまうほどさりげない佇まいですが、その存在に目を留めたとたん、どんどんその美しさ、力強さがみなぎってくる。本当に美しくて力強い建築なのです。
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