ラーキンビルの再現プロジェクトが終わったときには「芸術作品のなかに入りこんでしまったような気持ちでした」とロメロさんは言う。ラーキンビルとポーソン邸のプロジェクト完成には、合わせて18か月を要した。 こちらもラーキンビルのディテールのひとつ。室内の柱のあいだのパネルに、意欲を高める言葉が書かれている。 1940年代になると、ラーキン社の社運は傾き、建物は売却されてしまう。反対の声が上がったものの、ビルは1950年に取り壊され、跡地は駐車場に姿を変えた。
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建物の内部は、執務空間に自然光が降り注ぐ設計になっていることがわかる。 このビルは、輻射暖房、掃除がしやすい壁付きトイレやパーティション、造り付け家具といった革新的な要素を多く取り入れていることで知られていた。当時は新技術だった空調設備を、オフィスビルとして初めて取り入れた設計でもあった。 ラーキン社の予算には余裕があったため、ライトはさらに従業員向けレストランをつくり、オフィスに音楽を流すオルガンを設置し、休憩場所としてレンガ敷きの屋上テラスを用意した。
ロメロさんが再現した、アトリウムのような中央執務室。ライトがデザインしたスチール製のオフィス家具が見える。 「オリジナルのラーキンビルを見たことがある人は、もう1人も存命していないんじゃないでしょうか」とロメロさんは言う。「最初のレンダリングを始めたころは、ヴィクトリアの滝を初めて目にしたリヴィングストン博士のような気持ちでした。」
ロメロさんがとくに注意を注いだのは、ライトとよく仕事をしていた彫刻家のリチャード・ボックが手掛けた作品など、ラーキンビルに多く見られる装飾的な要素だった。
ラーキンビル ポーソン邸を完成させたロメロさんが次に着手したのは、ニューヨーク州バッファローにあったラーキンビル。ライトが1903年に設計し、およそ50年後に取り壊されたビルだ。 ラーキン社は石鹸製造会社としてスタートしたが、事業の拡大にともない新しい本社ビルが必要になった。ライトが提案したのは、大胆なスケール感の5階建て赤色砂岩の建物で、快適な労働環境やメンテナンスの容易さといった、当時としては画期的な要素を前面に据えたデザインだった。 「ラーキンビルに取り掛かったときには、建物のカラー写真はなかったんです。だからカラーで見ると感動しましたね」とロメロさん。
ラーキンビルの再現プロジェクトが終わったときには「芸術作品のなかに入りこんでしまったような気持ちでした」とロメロさんは言う。ラーキンビルとポーソン邸のプロジェクト完成には、合わせて18か月を要した。 こちらもラーキンビルのディテールのひとつ。室内の柱のあいだのパネルに、意欲を高める言葉が書かれている。 1940年代になると、ラーキン社の社運は傾き、建物は売却されてしまう。反対の声が上がったものの、ビルは1950年に取り壊され、跡地は駐車場に姿を変えた。
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